最高裁判所第二小法廷 平成6年(オ)155号 判決 1997年3月14日
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人花岡正人の上告理由について
当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って不動産の贈与をしたときには、贈与の時期のいかんにかかわらず、その減殺請求がされれば、受贈者が取得した権利は遺留分を侵害する限度で遺留分権利者に帰属するに至るものであり、受贈者が、右贈与に基づき不動産の占有を取得し、民法一六二条所定の期間、平穏かつ公然にこれを継続していたとしても、そのことは、遺留分権利者への右の権利の帰属を妨げる理由とはなり得ないものと解するのが相当である。なぜなら、民法は、遺留分減殺による法的安定の侵害に対し一定の配慮をしながら(民法一〇三〇条前段、一〇三五条等)、遺留分権利者に損害を加えることを知ってされた贈与については、それが被相続人の死亡の何年前にされたものであるかを問わず、すべて減殺の対象となるものとしているのであるから(一〇三〇条後段、一〇三一条)、遺留分権利者に損害を加えることを知って不動産の贈与を受けた受贈者は、贈与後いかに日時が経過しようとも、被相続人が死亡すれば、右贈与が減殺請求の対象となり得るものであって、減殺請求がされれば、自己が取得した権利が遺留分を侵害する限度で遺留分権利者に帰属することになることを容認すべきものと解されるのに対し、仮に、前記のような占有を継続した受贈者が不動産を時効取得し、その反面において、贈与の減殺請求によっても受贈者が取得した権利が遺留分権利者に帰属することはなくなると解したならば、遺留分権利者は、その遺留分を侵害する不動産の贈与がされた後、被相続人の死亡までに時効期間が経過した場合には、取得時効の完成を中断して自己の権利を保全する法的手段のないまま、遺留分に相当する権利を取得することができない結果となるのであって、民法が取得時効の制度によってこのような結果を招くことを予定しているものとは解し難いからである。
以上と同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は採用することができない。
よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官福田博の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
裁判官福田博の補足意見は、次のとおりである。
私は、大井祐重の上告人に対する第一審判決別紙物件目録(1)、(3)ないし(6)の贈与が遺留分権利者を害することを知ってされたものであるという原審の認定判断(この認定判断は、所論の非難するところではない。)を前提とする限りにおいては、多数意見に異を唱えるものではない。しかし、原審の適法に確定するところによれば、右贈与から祐重の死亡による相続開始までに二〇年以上が経過しているというのであり、このように贈与から相続開始までに長期間が経過した場合には、贈与が遺留分権利者を害することを知ってされたものであるという認定判断をすることは、通常は困難であるというべきであり、そのような認定判断をするについては、相当に慎重な態度をもって臨むべきであると考えるので、この点についての私の所見を補足して述べておきたい。
民法一〇三〇条後段は、当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与をしたときは、相続開始の一年以上前にされたものでも遺留分減殺請求の対象となり得るものとしているが、私には、右規定が相続開始の二〇年以上も前にされた贈与までもが減殺請求の対象となり得ることを予定したものであるとは考え難い。我が国のように自由主義経済制度の下にある国にあっては、財産の取得や処分が本来自由であるべきことはいうまでもなく、被相続人がその自由な意思に基づいて財産を贈与し、その後二〇年を超えるような期間が経過した場合にまで、相続の開始を機として遺留分権利者に贈与を減殺することを許し、被相続人の財産の処分の効果を覆すようなことは、被相続人の意思を無視し、法的安定性を害すること著しく、同条本文が、相続開始前の一年間にした贈与に限って減殺請求の対象となるのを原則とすることによって、被相続人の財産処分の自由と法的安定性を保護しようとした趣旨にも反するものといえよう。同条後段は、例えば、病気その他の理由で活動能力を欠き、将来財産が増加する可能性が皆無に等しい高齢者が、財産の贈与をした結果、ほとんど財産が残らないことになったような場合に、贈与後一年以上を経過した後に相続が開始したときであっても、右贈与が遺留分減殺請求の対象となり得るようにするために設けられた規定であって、通常は、贈与の時から相続開始の時までが比較的短期間であることを予定した規定とみるのが相当である。自由主義経済制度の下にある我が国においては、贈与の時から相続開始の時までの期間が長期に及ぶ場合、贈与後も被相続人の財産関係は常に大きく変動する可能性が存在するのであり、贈与の時点で遺留分に相当する財産が残らなかったとしても、その後長期間にわたって財産が増加しないなどということを予見することは、著しく困難であると思われる。そうであってみれば、贈与から相続開始までに長期間が経過した場合に、贈与が遺留分権利者を害することを知ってされたものであるとの認定判断をすることができるのは、極めて例外的な場合に限られるべきであって、そのような認定判断をするについては、相当に慎重な態度をもって臨むべきであると思われる。
(裁判長裁判官 福田 博 裁判官 大西勝也 裁判官 根岸重治 裁判官 河合伸一)